ふたり回し

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拒絶ー4

イデアというか、一度コンセプトを自分で解説したりする方がいいんだろうか?

 あくる日は、後頭部の痛みに目が覚めた。硬い床のせいだろう。腰骨や肩甲骨にも、鈍い痛みが貼り付いている。寝袋の中で手を滑らせ、アレクは苦し紛れにファスナーを掴んだ。寝袋を開く際に腋、枕元の時計を確かめる際に首筋が吊り、じっと息を整える内にも重い時間が過ぎてゆく。
「六時か。寝付くのが早かったからかな」
 メシィ……? 寝ぼけ眼のレフに謝り、アレクは背筋に手を添えたまま恐る恐る体を横たえた。七時に集まる決まりだが、持って来れた荷物の中に目覚まし時計さえ入っていない。貴重な朝食を逃すくらいなら、寝不足の方が余程マシだろう。筋の痛みと腹の虫が、冷え切った身体を震わせる。外はもう、秋に入りかけている頃か。朝日の黄色が霧を染め上げ、窓からは何も見えない。
「水……いや、雨の匂いがするぜぇ、この部屋は」
 真っ黒な壁と天井、緑灰色のカーテンと思しき襤褸布。寝袋の背中も既に真っ黒だろう。ベッドの上からもジッパーのフライが飛び立ち、先輩が大儀そうに体を起こしている。
「今日は電線の修理だったか……」
 電気が使えるだけでも、キャンプ生活からは脱出できる。役場前の焚き出しにありつき、整備班一同は今後の予定について話し合った。一日目は発電機と役場までの電線、アレク達の担当は発電機のモーターとインバーターだ。発電機は完全に錆付いているため、遠征用の発動機をばらして繋ぎ直さなくてはならない。アレクとレフは先輩に命じられるままスペーサーやらチェーンやらを探し出し、継ぎ接ぎだらけの機械が組み上がってゆく様に震えた。
「強引にして無理矢理、げに恐ろしきは現場の知恵ってヤツねん」
 本職が見れば怒り出すかもしれないが、当座を間に合わせることは文字通りの死活問題だ。試しに水車側のギヤを回すと、確かに発電機の軸が回る。
「いたいた。二人とも、何作ってんの?」
 水車小屋の入り口に、場違いなワンピースの影が浮かび上がった。一昨日のことを思い出し、思わず声が上ずってしまう。
「いや、俺達は完全に脇役だよ」
 初見の機械を組み立てている筈なのに、先輩は最初から手順を知っているかのようだ。アレクのぼやきに生返事を返し、薔薇の香りを滲ませながらアグラーヤが向かいに屈み込んだ。レフが隣にいるからか、色めき立つこともなく眠たげにこちらを伺っている。
「この村ってホントに何もないよね……リィファ達は今頃マガダンかぁ」
 顔が知れているので、街に潜伏するわけにもいかないのだという。表を眺めて管を巻くばかりで、腰を上げる気配もない。初めのうちはレフも付き合いでアジートの歓楽街を忍んでいたものの、相槌を挟むのはその内コゲラの囀りだけになってしまった。
「かってー、……アレク、モンキーじゃ駄目だ。17番手のメガネ取ってくれ」
 侘しさの底にあっては、雑務でさえも助け船だ。錆び付いたボルトを外すためにレンチの端をゴムハンマーで叩きながら、アレクはそれとなくアグラーヤの様子を探った。顔つきは薄闇に溶け、赤いワンピースの輪郭ばかりが黒黴だらけの壁を背に瞬いている。
「最初は都落ちだと悲嘆にくれることもあったが、一旦仕事に取り掛かると実質的な利点を感じることの方が多いよ」
 不幸な思い込みから脱するために何かを始めることを薦めると、アグラーヤは大きく拍子を外した。
「ハア?」 
 口を尖らせるどころか、開いたまま塞がらない。レベルの低い学生が初めて怪奇分析に遭遇した時の標準的な反応そのものだ。
「どしたの? あれか? 大自然と魂通わしてで悟り開けちゃった系?」
 テングリって奴だろ。レフはレッテルを盾に取り、アレクの助言を一笑に付した。それこそ即物的な修養論を唱えているに過ぎないというのに、一体何が理解を妨げているのだろう。
「被験者を確保しやすいって話さ。国内では痕跡を念入りに消す必要があったからな」