ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

移植ー7

  スタンドの灯りだけでは手元が暗く、ロープが左右どちらからかかっているのか分からない。もたつくアレクと対照的に、向うからはどんどんロープが飛んでくる。
「知ってるヨン。スェボフってやつだろ?」
 自分で見たわけではないが、レフはリィファから当時の話を聞いていた。何でも南で恐ろしい熱病が流行って、ベトナムや中国から夥しい難民が押し寄せたことがあったのだという。
「あいつらは本当の地獄を……いや、持ち込んだ俺達が言っていい事じゃねえか」
 南部から上陸したスェボフ氏症候群は中国全土に広がりつつあり、人々は命からがら家財を捨てて北を目指した。国境で何が待っているのか、考える余裕もないくらいに。
「地雷は単なる狼煙だ……煙を目印に攻撃機が飛んでくる。地雷で死ねなかった連中をのしガエルにする為さ」
 国境近くの村で順番待ちをする間、時折聞こえる轟音に難民たちは震えあがった。ここまで険しい道のりに耐えて来たのは、まとめて駆除されるためだったのか。追手の足取りは不確かで音もなく、背後からは餌食になった街の名前だけが少しずつ北上してくる。
「終いにゃ街に流れ着いた難民の間にも感染者が出てな。あれはぞっとするぜ。吠えるからな」
 街の住人からすれば、しかし、難民など皆同じだ。毎晩のように誰かが捕まり、杖やレンガで袋叩きにされた。ここから出ていけるなら、のしガエルでも構わない。先輩が乗ったトラックは気休めに犠牲者の轍をなぞり、国境地帯の地雷原を夜明け前に通り抜けた。
「まあ、そっから先も似たようなもんだったけどな」
 最後の段ボールをアレクに手渡し、先輩は荷台から降りて来た。暫く休めるといっても、向うではこの半分の人数で荷物を下さなければならない。それが10回ともなれば、溜息も自然と硬くなるというものだ。残りのスペースに乗りこみ、険しい暗闇の中で揺られること数時間、外から幌が開き赤い日差しが差し込んだ。
「見ろよ皆、太陽だぜぇ。俺達はとうとう地上世界に辿りついたんだ!」
 途中休憩かもしれないというのに、レフは今まで大人しくしていた分を取り返そうとしている。
「お前よくそんな元気が出せるな。一周回って感心するわ」
 今のは恐らくモーゼスの声だろう。後ろの塀が下りると、アレク達は荷台から降り、固まった関節をゆっくりと解した。脂ぎった熱の中から、少しずつ外の景色が浮かび上がってくる。ここが目的地の廃村で間違いないだろう。木々に覆われた谷を小川と道路が並んで走り、建物の影は疎らだ。それも一軒家が並ぶばかりで、最も大きいのが背後の製材所だというから恐ろしい。
「でも、そうだな。レフの言う通り、なんだか久し振りに夕日を見た気がする」
 だがこの素朴な感慨は、女の笑い声に遮られてしまった。
「久し振り過ぎて、見事に昼夜逆転してるわね。アレク、あれは朝日よ」
 エカチェリーナによれば、ニコライはアジートに残り、当面は自分が村の復旧を監督することになるそうだ。既に役場といくつかの民家が使われ始めていて、搬入が終わった後も整備班には送電網の復旧という有難いお役目が割り振られているらしい。アレク達は予定を聞かなかったことにして、ジャッキの付いた台車へとトラック内の荷物を乗せ換え始めた。