ふたり回し

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拒絶ー8

一話の長さの問題で、場面が切り替わり過ぎてる気がする……

 なぜあんな場所で密談していたのか。レフ達の関係はどうなっているのか。あるいはアレク達の知らないところで、何かが起こりつつあるのか。そしてそれはニコライの目の届く範囲で行われているのか。とりとめもない可能性を出し合いながらアレクが上の空なのは、偏にただ一つ証拠が得られた些細な事実のためだった。
 廃村の所在を、カルラに伝えてもよいのだろうか。恐らくはニコライが『守る会』に教えていない物を。見つかれば言い逃れの仕様がないことは傍目にも明らかなのに、それが今のカルラにとっては思い止まるに値しない理由であるようなのだ。中庭への道を歩きながら、アレクは見舞いに来れそうもない僻地の候補を絞り出しさえした。
 結論から言えば、アレクは答えてしまった。考えた末の決断ではない。村の名前が分かったかを問われて、うっかり首を縦に振ってしまったのである。用意していた嘘も頭から飛んでしまい、後はもうただただ白状するばかり。カルラは宿からの近さに目を輝かせ、暫く様子を見ようなどとは今更言い出せない状況だ。
「くれぐれも気を付けて。ニコライ達に見つかったら、スパイと間違えられるかもしれない」
 頼りない忠告は宙を漂うばかりで、そよ風のように梢を揺らす力さえ感じられない。
「いっそ『守る会』だと名乗って表から入って行った方が……しかし勝手に探し回ったと思われるのも拙いですね」
 おまけに村までは、細い一本道だ。粘り強く諭す度に、カルラはしつこく食い下がった。
「手前で車を隠して、林の中を歩いて行きます。地図を見て、良い場所を探しますから」
 それでもやはり、大丈夫だと言い切るには不十分だ。最低限の物資を調達するために、実働隊は時々村を出ることがある。
「アウトドアで訪れる人も全くないではないでしょう? バードウォッチングの道具は持ち合わせていますよ」
 明るく暢気な笑みとは裏腹に、細い指はアレクの手首を強く握り絞めている。素直に泣きつかれていたら、決して怯みはしなかっただろうに。見つめ返すことが出来なくなり、アレクは目を伏せ呟いた。
「最悪、俺は全部ニコライに話すよ」
 なけなしの脅しが腰砕けに終わっては、最早話せることは侵入の段取りくらいしか残っていない。早々に入院してしまったせいで、検問の位置やパトロールの時間など、カルラの問いにアレクは殆ど答えられなかった。
「起きてる間に探索するなんて、思ってもみなかったよ」
 それも、ニコライ達の様子を。軽い溜息に、微かな渋みが混じり込む。 
「探索といえば、ユーリは今の所、大した動きを見せていませんね」
 前任者のみならず適任者が続々が逮捕され、ユーリはめでたく福祉局の極東支部長に繰り上げという。都合のいい昇進にはディーラーの思惑がちらつき、アレクも安易に飛びつきたくなる。
「けれども指導部とユレシュの対立はまだ続いているようです」
 そうでなければ、研究者狩りがここまで長引くこともない。ユーリやその他のスパイが、指導部を出し抜いていると見るべきだ。監視が厳しさを増す今、彼らは党内のポストを含めた体制の立て直しを優先するべきだと判断したのだろう。カルラはベンチから立ち上がり、日差しの中に歩み出た。
「最近任せきりだけど、カルラはちゃんと休めてるのか?」
 黄緑の髪留めが、存分に光を浴びて生き生きと輝いている。アジートにいた時から身に着けている物なのに、あの緑がこれほど眩しいものだと、今の今まで気付きもしなかった。
「大丈夫。今日もこのまま帰りますから」
 アレクの手を借りられなくなり、カルラが倒れると今までよりも都合が悪い。大きな潮目にあって、カルラはいつになく出し惜しみをしているのだという。
「あ、そうだ。ちょっと待って」
 滑り込みで去り際を呼び留め、アレクは大声で付け足した。
「さっき見て思ったんだけど、そのバレッタ、そんなに明るい色だったんだな」
 態々呼び止めるから、何かと思ったら。口元を押さえ、カルラは控えめに笑っている。呆れているにしては、随分と締まりのない顔つきだ。
「それでは、後は頼みましたよ」
 長い髪を翻しカルラが城へ入ってゆくのを、アレクは手を振りながら見送った。