ふたり回し

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拒絶-18

こっちはともかくなろうは大丈夫かいな。

 見ていない間に歩いて来たとしたら、カルラが入ったのはせいぜい手前から三つか四つまでだろう。自分の足で幾度か通路を行き来して、アレクは大まかな当たりを付けた。いずれの木戸にも控えめな無花果の彫刻があしらわれ、あからさまに異なる物はない。二つ目の扉の前で立ち止まり、入ることも立ち去ることも出来ぬままに睨み合いが続く。
 正しい扉の中には、誤魔化しも誤りもない、確かな答えがある。言葉などよりも信じるに値する物が。この一週間、なぜアレクを避け続けているのか。カルラが今、何をしようとしているのか。何も理由がない訳などある筈がないのだから、それが分かれば信じることも再び出来るようになる。随分と浅はかで見え透いた言い逃れだ。足取りの解れ目さえも取り繕うことが出来ぬ程。真鍮の侘しい取っ手が軽々と捻じれた途端、遥かに堅く重い物が崩れ落ちる音が聞こえた。

 闇の中に、素肌の温もりを感じる。ずっと離れていたから、こんな夢を見るのだろうか。首元を撫でる夜気に滑らかな背中を抱き寄せると、腕の中で懐かしい囁きが聞こえた。
「目が醒めましたか?」
 夢ではない。薄目を開ければ、カーテン越しの薄明り、シーツの中に彼女がいる。思いもよらないことばかり立て続けに降りかかって来たが、全て夢ではなかったのだ。
「起きてたの?」
 きめ細やかな前髪が首元を撫で、物憂げな音を立てる。
「本当に良かったのか……今更分からなくなって」
 自ら確かめるだけの勇気を持てなどと、一体誰に言えるだろう。もう十分だ。女の口から聞かされただけで、もう十分傷ついている。
「それだって、君のせいじゃないよ……それに、彼にも――」
 避けられてたって、言ってたじゃないか。途中で口を噤んだ時には、冷たい刃先が届いた後だった。
「そう――いえ、どの道私では……」
 青白い窓の影が無地の壁に焼きつき、獣じみた排気音が幾つも通り過ぎてゆく。
「華のある、綺麗な人だったんです」
 垢ぬけないと思い込む余り、自らのたおやかさに気づかないのがもどかしい。彼女をゆっくりと抱き起こし、指先で前髪をよけた。薄闇に覆われても、すらりとした頬の手触りは確かだ。
「君だってこんなに――」
 彼女が身を乗り出し、軽い口づけが二人を波間へとさらった。渦に揉まれ、泡を被りながら、やっとの思いで顔を出してはがむしゃらに息を継ぐ。シーツを握りしめて藻掻きながら叫ぶ姿が、昼間の立ち居振る舞いからどうして思い浮かぶだろう。慄きの容に沿って指先が滑り落ち、ざらついた砂底を掻き分けた。熱い扉の僅かな隙間から恐ろしい予感が零れ出し、か弱い手足を震わせる。息継ぎを挟んでは飢えに任せて素潜りを繰り返し、ついには嵐の扉を開いてしまった。
 見えない糸に釣り上げられ身体を強張らせたきり、彼女はぐったりと横たわり小刻みに息を続けている。もっと奥だ。全てを満たす激流は、まだ奥に隠されたままだ。
「待って! まだ――」
 躍起になって掻き出す度に声を上げてのたうち回るので、ベッドから落ちないように抱えていなければならない。苦しんでいるのか、悦んでいるのかさえお構いなしに、熱病が指先を突き動かしている。
 エンジンの轟きに、思わず手を止めて顔を上げた。先ほど通り過ぎた騒音の奥に、パトカーのサイレンが混じっている。赤と青の回転灯が部屋を駆け巡り、懐かしい顔が目の前に浮かび上がった。カルラ。あっさりとした細面も、長い真っすぐな黒髪も、切れ長の目とてなぜ今、ここにカルラがいるのか。探し求めた答えだというのに、一かけらの救いもない。知らず知らずの内に両手が肩を掴み、勢いあまって今にも握り潰してしまいそうだ。