ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その3

あと2、3シーン仕上がれば、ここまでをまとめて山風蠱(上)のページを作る予定。

花の季節など、細かいことを気にし出すと一向に進まない……


 話している間にも角を二、三通り過ぎたが、静かに背を引くか細い視線は手繰られる気配も途切れた様子もない。シャビィ達も同様に、足を緩めることも早めることもなく、気づいていないふりをし続けた。坂を登るに従って雑踏は薄まり、またよい身なりの商人が増えていった。

 ほれ、この館じゃ。門主が立ち止まったのは、壁一面が丹で塗り上げられた、中華風の商館の前だった。タミル人の召使いは、門主の声を聞くなり重たい閂を外し、三人を緑の溢れる中庭に通してくれた。大きな吹き抜けからは太陽の影が降り注いでいるが、中央に植え込まれた椰子の木が床一面に大きな光の花を描き、鉢植えの並んだ中庭は隅々まで見渡せるほど明るい。仏桑花に山百合、水を張った鉢には蓮が大輪の花を咲かせ、桃源郷とも見紛うばかりだ。息を呑むシャビィとヘムをよそに門主と召使いがこのささやかな楽園をすたすたと通り過ぎ、ロビーに入っていったのを目にして、シャビィ達は小走りで追いかけた。

 分厚いチーク材の扉を遠慮がちに押し開いて部屋の中を覗き込んだシャビィは、門主と握手を交わしている恰幅の良い中国人を見つけ、その隣に控えている女に気がついて目を円くした。そこにいたのは、先に別れたばかりの占い師だったのである。

 後につかえていたヘムに押し出され、シャビィがロビーに転がり込むと、音に気付いた門主が振り返り、奥に控えるリシュンが柔らかく微笑みかけた。

「弟子のヘムとシャビィです――二人とも、こっちに来て挨拶なさい。豊泉絹布のご主人、豊傑さんじゃ。」

 門主は弟子たちに中国語で話しかけた。特に布教に力を入れているわけでもないが、寺院では修行僧に外国語を徹底してたたき込む。周辺に港市が多く、参拝者にいくつもの民族が含まれるためだ。

「お会いできて光栄です、豊先生。」

 手を合わせて深々と頭を垂れた二人に、豊氏も軽く辞儀を返した。

「こちらこそ、ジェンドラ大師からお話しを窺って、お会いできるのを楽しみにしていました。それに、皆様実によいところにお見えになりましたな。」

 豊氏が振り返って手招きすると、リシュンは慎ましやかな足取りで歩み出た。

「占い師のリシュンと申します。」

 リシュンが跪くと、白銀の髪飾りが怜悧な音をたてた。怪しげな光を纏う黒髪が流れるのは、細やかな刺繍の施された繻子の真白い長衣の上だ。

「彼女の占いがまた、怖いくらいによく中たりましてね。皆さんもいかがですか?」

 豊氏の勧めに、ヘムは顔をしかめた。占いの類は、仏典の中で大抵まやかしとして扱われる。シャビィとて、怒るほどではないがあまり乗り気にはなれない。

「私も僧侶ですから占いを信じてはおりませんが、豊さん、余興ということならやぶさかではありませんよ。」

 門主は、空気の裂け目に敏感だった。このとりなしに強張っていた豊氏の顔はいくらか和らいだが、頭を垂れたままのリシュンの表情は窺い知れない。

「光栄に存じます……が、その前に場所を移しましょう。上階の方が、ここよりも安全ですから。」

 面を上げたリシュンを見て、二人の弟子は生唾を飲み込んだ。その微笑みが、まるで含みが見えない程に丹念に織り上げられていたからだ。



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