ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その13

随分とタイトルに手間取ってしまった。

今までの遅れを取り戻そう。

12より続く


 シャビィは足を止め、震える目でリシュンをまじまじと見つめた。リシュンは一対、何をどれだけ、どのような経緯で知っているのだろうか。涼しい顔は少しも表情を滲ませることなく、ただ首だけがはっきりと横に動いた。

「いいえ……シャビィさん、彼らはここで何をしているのですか?」

 二人の間を、短い沈黙がよぎった。今ここでそれを口にすれば、悪い夢は事実になってしまう。シャビィは深く息を吸い込み、同じだけの時間をかけて、ゆっくりと吐き出した。

「先輩は、内職だと言っていました。私は、食材を探しに行った折に別の先輩に出くわして……あれがその内職だったんでしょうね。その時後ろから殴られて、ここに閉じ込められてしまったんだと思います。」

 肩を落したシャビィの隣に、リシュンは静かに腰を下ろした。

「辛い思いをされたのですね。かくも見事に裏切られてしまうとは。」

 少なくとも、クーの手伝っていた『内職』とは、シャビィの口を力ずくで封じなければならない類のものである。それもおそらく、門主の指示に従って。シャビィにとって、仏の道は常に恩師や仲間たちと共にあった。おごそかに仏の教えを説くとき、老師は一体何を思っただろうか。シャビイが先輩たちと机を並べて学んだものは一体何だったのだろうか。ともすれば、何も知らないシャビィだけが、耳触りのよい嘘に酔って一人浮かれていただけではあるまいか。

「本当に……何を信じればよいのか分からなくなりました。御仏の教えを信じるべきか、老師たちに従うべきか……いや、始めから、仏の教えなど幻に過ぎなかったのかもしれません。」

 シャビィはしなびた顔で笑おうとしたが、実際に出てきたのは、せいぜい轢きつぶされた咳くらいのものだった。寝ている間に、随分と埃を吸ってしまったらしい。シャビィの弱音を聞き終えると、床に手をついて喘ぐシャビィをよそに、リシュンは黙ってゆっくりと立ち上がり、戸口から射し込む陰の中へと歩き出した。

「……リシュンさん。」

 敷居をまたごうとしていたリシュンは、シャビィの声に振り返った。呼びとめたものの別れの言葉はなかなか出て来ず、沈黙だけが足早に駆けてゆく。そのままシャビィが何も言いだせないでいると、やがてリシュンが口を開いた。

「いつまでも呆けていないで、少しは急いで下さい。夜半だからといって、あまり安心はできませんよ。」

 言われた通りの呆けた顔で、シャビィは戸口に立つリシュンを見上げた。四角く切り取られた陰の上に、リシュンの輪郭がうっすらと浮かんでいる。

「檻の中にも、もういい加減飽きてきた頃でしょう。分からないなら、自分の目で確かめなさい――私がご覧に入れましょう。この世の真と――」

 計り知れない陰の中で、リシュンが一瞬笑った気がした。

「――嘘の全てを。」

 どんなに探し回ったところで、真実には辿りつけないかもしれない。そもそも真実など、どこにもありはしないのかもしれない。あるいは……結局のところ、リシュンのいう「この世」は、ヘムが「世間」と呼んだものと、少しも変わらないのかもしれない――だが、それでも――、

「連れて行って下さい。私も見てみたい。あなたが見ているのと、同じ世界を。」

 ――この占い師は、『鍵』を持っている。

 これからは、耳より目を信じよう。世の中を見て回って、本当の知恵を見つけよう。シャビィが立ち上がるのを見届けると、リシュンは再び歩き出した。少なくともここには、もう探すべきものはないのだ。


14へ続く



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