ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その5

この次の占いのパートが終わったら、1から6まで上としてまとめ直したい。


「お恥ずかしながら、お二人の話を伺うまで“亭客”というのは作り話だと思っていました。」

 湯呑をあけたシャビィがおずおず話に加わると、

「あまり謙遜なさいませぬよう。皆様が博識でいらっしゃるのでなければ、私はいつものように長々と身の上を説明する羽目になっていたでしょう。こうしてすぐに占いを始められるだけでも、十分有りがたいことなのですよ。」

 リシュンは鞄から漆塗りの小箱を取り出し、蓋を裏返して身の横に並べた。箱から出した竹ひごは、束ねるとニンジン程度の太さがある。竹ひごを握ったまま目を閉じて集中を深めるリシュンを、シャビィ達の目は冷ややかに見つめた。カタリム山の修行僧は、世俗のまじないなど信じない。

「さあ、何について占いましょう。尾行者のお話しは伺いましたが、他の話題でもかまいませんよ。」

 そうですな。門主は髭をさすりながら宙に視線を彷徨わせたが、何も見つからなかったらしい。

「改めて考えると、却ってなかなか浮かばんものですな。やはり曲者の正体を占って頂けますか。」

「承りました。」

 シャビィはリシュンの掴んだ竹ひごに目を向けたが、リシュンが手を動かす気配はない。

「では、一体だれが彼らを送り込んだか、心当たりとはいかずとも、最近身の危険を感じたこと、あるいは誰かとの間に不和が生じたことはございますか?」

 占いは、大抵聞くことから始まる。それは、占う対象を鮮明にするための手はずであり、占いの精度を上げるための布石でもあるが、同時に当て推量をそれらしくするための材料集めでもある。

「そうですな。」

 思い出すような振りをしながら、門主は横目に弟子たちを盗み見た。

「思い当たる節がないわけではありません。」

 太陽に雲がかかったらしい、窓から射し込む陰が俄かに弱まり、明るく浮かび上がった部屋の中で、リシュンの瞳だけが一層深い輝きを放っている。

「心当たりがございましたか。大師様、お聞かせください。御身に一体何が起こったのかを。」

 門主は熱のこもった溜息を洩らすと、静かに語り出した。

「……どうにも最近、院主の様子がおかしいのです。」

 カタリム山のスピアン・タキオ寺院には、ジャーナ宗の門主と別に寺院の院主が駐在している。門主の一番弟子にあたるこの男は、利発にして聡明、家柄もやんごとなしと言われており、既に門主の座に片足をかけていた。

「あれは少々圭角の目立つ男でしたが、およそ私の見てきた中で勤勉さと誠実さで右に出るものは一人もおりませぬ。」

 ところが、その秀才が院主の座に就いた途端、寺を離れがちになったという。それも民草に説法をして回るわけでもなく、論敵を求めて他宗の寺院に赴くわけでもなく、有力な貴族や富豪と密会を繰り返しているようなのだ。教団といえども組織である以上根回し抜きで運営していくのは難しいが、独自の人脈を広げることに血道をあげる院主の姿には、権力闘争の影が色濃く映り込んでいた。

「それからしばらくしてのことです。儂の部屋から書簡がのうなったり、時折見張られているような気配を感じるようになったのは。」

 門主の告白が終わると、太陽が雲間から現れたのだろう、生ぬるい静けさの立ちこめる応接間に、重たい陰が音もなく滑りこんできた。

「つまり、今尾行しているのは院主様の手先であろうと、そういうことですね。」

 リシュンは門主に向かって視線を引き絞っている。

「そして、彼らはいずれあなたを陥れようとする。」

 門主はためらいがちに咳払いをした。

「杞憂であってほしいと、今でも思っております……弟子を疑うのは心苦しいものですから。」

 うなだれた門主に、リシュンは小さく頷き、

「分かりました。それでは曲者の正体と皆様の先行きについて立筮いたします。」

 低い声で呪文のような文句を唱え始めた。



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