ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その6

6回では収まりそうになくなってきた。あと二回分は必要かもしれない。


「爾の泰筮、常有るに依る。三人の禅僧の後をつける者について、未だ知らざるを以て、疑うところを神霊に質す。吉凶得失悔吝憂虞、これ爾の神に在り。希わくば、明らかに之を告げよ。」

 リシュンの手の動きは、鍛え抜かれた踊り子のそれだ。束ねた竹ひごの中から迷わず一本を選び出し、静かに正面に据えたのを合図に、鮮やかな舞台の再現が始まり、無数の竹ひごはほっそりとした指に導かれ、両手の間を飛び交いながら竹林を縫う風の調べを奏でる――振付に従って淀みなく流れる手が束を分け、崩してはまとめ直す優雅な仕種に、門主どころかヘムまでもが眼を見張っている。門主は余興と断りを入れたが、実際これだけでも結構な見世物だ。

 一通りの演技が終わると、リシュンは竹ひごを一つにまとめ、箸置きに似た四角い棒をテーブルに置き、再び竹ひごを繰り始めた。張りつめていた空気がほどけ、豊氏を含めた四人の口から、まばらに溜息が聞こえる一方、リシュンの手先は乱れることなく同じ動きを繰り返し、棒が6本を数えたところで竹ひごたちをそっと袖に返した。

「下を巽、外を艮にするは山風蠱。残念ながらあまりよい卦ではありませんが、苦境や腐敗を脱するという意味があります。蠱とは屍に湧く虫であり、虫食いであり、虫の持つ毒のことです。」

 リシュンはテーブルの上に並べた棒を門主の目の前に押し出した。

「虫とは、院主のことですかな?」

 猫なで声で尋ねる門主に対し、リシュンは毅然と首を振った。

「先ほど申し上げた巽と艮とは、風と山のこと。風は柔軟であり、山は不動です。蠱とは、上位に有るものが山のように堅固であり、下にあるものが風のように従順である様子。さらばこそ、『大いにと降りて天下治まるなり』と言われるのです。弟子が師に刃向うようなことは起こりようもありません。」

 唐突に論を翻したかのような物言いに、ヘムはすかさず食ってかかった。

「それでは、難局やらウジ虫やらは何処へ行ったのだ。まさか、流れ者のペテン師の事ではあるまいな。」

「ですが、」

 リシュンはヘムをにらみ返して負けじと声を張り上げ、テーブルの中央に並んだ棒のうち奥の三つを指し示した。下の二本は中央を赤に塗った面、残った一本は、模様のない面を上にして置かれている。

「山風蠱の山、つまりこの艮という卦には、よくおさまると言う意味以外にいくつかの意味を持っています。一つには勿論山であり、一つには末の子であり、一つには停滞であり……いまこのときは、最後に人の止むところ、屍を指しているのでございます。」

 かすかに潮の間香りをたたえた応接間にはゆっくりと、毒をはらんだリシュンの言葉がその身をくゆらせ広がった。禅僧たちは口を一文字に結んだまま、占い師をじっと伺った。

「しかして、その災いを退ける術とは?」

 門主の顔からは、院主の不信を打ち明けた時よりも血の気が引いていた。

「大師様は、既にその方法をご存知です。」

 リシュンは一旦言葉をきって、召使いにおかわりを求めた。優雅にジャスミンの香りを楽しむリシュンの向かいでは、門主が苦しげに記憶を探っている。

「ですから、私に質したのでしょう?曲者とやらの正体を。」

 髭に覆われた門主の口から、渋い呻き声が零れた。この老人は説法を受けることがなくなって久しいが、それは立場ばかりでなく、豊かな知恵と巧みな話術のためでもある。背中を伝う汗を感じたとき、リシュンを伺うシャビィのまなざしは、占いの始まる前と全くの別物だった。




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