今までの分はノーカウントにして、意を新たに仕切り直し。
それは、ある蒸し暑い夜のことでした。オムライス号(1の居間に集まって、みんなでご飯を食べていると、フィンカちゃんがふとため息をついたのです。
「最近、肉、食ってねえなぁ」
フォークで持ち上げたししゃもを、フィンカちゃんは眠たげに見上げました。今夜のおかずは、ししゃもと野菜のスープ。色々危ない目にもあうけど、毎日必ず卵かお魚が食べられるから、ギア・ハンター(2になって、本当によかったと思います。
「しゃーないやん、この前の狩りで赤出してしもーたし」
最後までとっておいたししゃものしっぽを、ワノンちゃんは少しだけかじりました。食べるのは早いけれど大事なものはちびちびと食べる、ワノンちゃん独特のお作法ですが、これは頂けません。
「ワノンちゃん、だめですよ、ししゃもは頭から食べないと」
私が注意すると、ワノンちゃんは肩をすくめて鼻で笑いました。
「頭から食べたら頭ようなるゆう話やろ? ユニス、あんたほんにそういうん好きやな。パラサイトコア(3が爆発する――とか」
ギアをつけてもらったばかりで、まだ慣れていなかった頃、私はコアが爆発するんじゃないかと思って、しょっちゅう背中を気にしていました。子供のころお婆ちゃんから、コアは壊れると爆発する恐ろしいものだと聞かされていたからです。もちろん今は、そんなことありませんが。
「まあまあ。そういうのも、意外とバカにならないもんだよ。実際、魚の頭は栄養価高いしね……あんたのことだからね、フィンカ」
ルイエちゃんが横目でにらむと、フィンカちゃんはくせ毛の銀髪をぼさぼさとかき回しました。
「えーっ、でも、苦くない? ししゃもは骨もチクチクするしさぁ……ミンチでもいいから、肉。肉がいいなぁ」
いくら気楽な4人ギルド(4でも、険しい長旅をしていることに変わりありません。生ごみを減らすためにも、食べ残しはなるべく減らす決まりです。お皿に残ったししゃもの上半身を前にぐだぐだとこぼすフィンカちゃんに、ワノンちゃんがぐっと顔を寄せました。
「せやな……フィンカ、次の街では、肉、それもミンチやない、ブロックや……買えるアテがあるゆうたら、どや?」
ワノンちゃんの不敵な笑みに、全員が凍り付きました。こういうときにワノンちゃんが切り出す苦し紛れの儲け話に、私たちは何度も殺されかけてきたのです。
「これは、ハンターの中でも、ほんの一部の人間しか知らん話なんやけどな……」
私たちが回っているルートからそう遠くないところに、オシトガの三角域というものがあります。戦争が終わる前、帝国(5のおおきな工場があった場所で、今では捨てられたギアが野生化(6して、無鉄砲なハンターのほかに近づく人はあまりいません。
「……あるハンターが、見たゆうんやて。月明かりを吸い込んだぼんやり光る霧の向こうで、ビルよりでかい八本脚の巨人が、遠くからこっち見とるんを――」
お化けが出てくるや否や、私とワノンちゃんは抱き合って叫び声をあげました。この手の話はあまり得意ではありません。
「それで、そいつが野良ギアかもしれないってこと?」
一度お茶をすすってから、ルイエちゃんがワノンちゃんに訊ねました。
「そうそう、それや! もしその話がほんまやったら、巨人のコアは相当な馬力の持ち主やん。これでもし戦争末期にお蔵入りしたようなレアもんだったとしーや、焼き肉どころの話とちゃう……当面は毎日3食、ステーキ食い放題や!」
毎日お魚にありつけるだけでも幸せすぎて罪悪感に駆られるのに、毎日3食ステーキだなんて、考えるだけでも頭がフットーしちゃうよぅ。ワノンちゃんがテーブルを景気よく叩くと、それに合わせて、フィンカちゃんもテーブルを叩き出しました。
「乗った! そのステーキ、あたしも乗った! ステーキ食い放題のためなら、ジャイアントキリングの一つや二つ、幾らでもやったらあ!」
ガッツポーズで息巻いて、フィンカちゃんは高らかに宣言しました。フィンカちゃんにとって、一つや二つか幾らでもかは大した問題ではありません。
「でも、勝てるかなぁ……ビルより大きな巨人だよ? 足が8本生えてるんだよ? なんかもう、人間の形じゃないよ……」
上目づかいで二人をうかがい、コップのふちをいじりながら、私はおそるおそる水を差しました。こういうとき、頼りになるのはルイエちゃんです。フィンカちゃんとほとんど一緒に、私はルイエちゃんへと目を向けました。
「ワノン、その話、確証はあるの?」
肋骨にこぶしが当たる堅い音を響かせて、ワノンちゃんが請合いました。
「当たり前やん。これはユニスの好きな迷信とはちゃう、目撃者もちゃんとおるんや!」
今日のワノンちゃんは、いつになく自信ありげです。
「ど、どこに?」
ルイエちゃんの気まずそうな質問に、ワノンちゃんはたっぷり時間をおいて、硬い笑顔で答えました。
「……ネットに!!」
都市伝説はOKなんだ、とつぶやく声が聞こえますが、ワノンちゃんのこめかみを汗が次々駆け抜けるのは、連日続く熱帯夜のせいでしょう。ルイエちゃんも小さくうなずいて、すっと席から立ち上がりました。
「巨人はともかく、今度の航海もあんまり実入りが良くないからね……少々のリスクは冒しても、三角域に近づくのはアリかもしれない。幸い、スモークもフラッシュも沢山残ってることだし……ただし偵察は、念入りに遠くから行うこと。いいね?」
私たちがめいめいに返事をして、オシトガ行きが決まりました。明日の朝は早いから、今日は後片付けをしておしまいです。
「巨人かぁ……私、コアのすごさが、最近やっと分かってきました。お月様がコアで動いてるっていうのも、本当だったんですね」
本当に、世の中は不思議なことだらけです。小さな窓から月を見上げて、私はぽつんとつぶやきました。
「あんたの婆さん、それ絶対わざとやろ……」