最悪な出会い
翌日、俺はいつも通り、パラガス達とデッキを回していた。
除去の強い木をベースにして対応力を上げた速攻だ。
まだあまり綺麗に仕上がっていないが、まあ次に流行するのはこのデッキで間違いない。
夏にもちゃんと大会があれば、必ずや俺が雪辱を果たすことだろう。
あのシスコン皇子に土下座させ、『お許しくださいマッシュ様、もう二度と調子に乗って取り巻きの女の子を引き連れたりしません』と誓わせている俺の威厳に満ち溢れた姿を思い浮かべるだけで、自然と余裕の笑みが零れる。
「来てくれるといいね、マッシュ」
対戦相手のパラガスが、妙に優しげに微笑んでいる。
「来る? 何? 俺の時代か?」
俺が自分を指さすと、パラガスはなぜかたじろいだ。
「あ、ああ、いや、なんか凄いデレデレしてるから、トリシャさんが来るのを楽しみにしてるのかと思って……夏の大会に出られないのは、残念だけどさ」
そうだ。若干一名ながら、ようやく俺にもファンがついたのだった。
しかし、どうしたものか。
この店の客の大半は憐れな独り者だから、いきなり告白されるような展開になっては皆も居心地が悪いだろう。
今のうちに、何か断り文句を考えておかなければ。
『俺、ファンの女の子とは付き合わないことにしてるんだよね。そういうの不公平だからさ』。
よし、これで行こう。セレブ感もあって中々に俺らしい台詞だ。
俺が思案に耽っていると、自動ドアが開く音がした。
噂をすればなんとやらだ。
「すみません、ここにマッシュゆう人がいるて聞いたんですけど……」
イメージよりも声が低いが、まあリアルの女の子ならこんなものだ。
おれは振り返り、渾身のイケボで名乗り出た。
「やあ、よく来てくれたね。俺が君の探していた、デッキクリエイターのマッシュだよ」
この次にトリシャさんが俺に告白する。
さらにその次が、『悪いけど、俺、ファンの女の子とは付き合わないことにしてるんだよね。そういうの不公平だからさ』だ。
ところがそこにいたのは、関西学院のお嬢様などではなかった。
交差点でたむろしていた、いつぞやのDQN共だったのだ。
「オェッ! この間のキモオタやん……マジもぅ無理やねんけど。よりにもよってこのキノコ頭とか、ありえんくない?」
金髪の糞ビッチは背中を丸め、鳥肌の立った両腕をさすった。
わざわざ店に上がり込んで、ご挨拶にもほどがある。
「それはこっちの台詞だ! 俺の顔を見たくなけりゃら、さっさとキャバクラに帰れよ! この厚化粧!」
きっぱりと言い返すと、糞ビッチの後ろにいた大男が小さく舌打ちし、俺にメンチを切ってきた。
他のDQN共も一斉に色めき立ち、いつの間にか俺を取り囲んでいる。
どうやら連中は暴力で誰でも服従させられると思っているらしい。
これだからDQNは嫌いなのだ。
「オイコラ、もう一遍言ってみい、ワレ」
上等だ。世の中には暴力の通用しない近代理性の持ち主がいるということを教えてやる。
例えば、この、俺のような。
「あの、僕が言いたいのは……ですね、その、人違いなら、他を……」
少し物足りない気もするが、これだけガツンと言ってやれば十分だろう。
俺が踵を返し颯爽と立ち去ろうとすると、ロン毛のデブが先回りして俺を大男の方へ突き飛ばした。
「聞こえねーな、オイ」
ロン毛のデブはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら詰め寄ってきた。
「糞、何なんだよお前ら!」
まったくもって最悪の厄日だ。
モテ期到来の筈が、一体なぜこんな連中に因縁を吹っかけられなければならないのか。
俺が狭い輪の中でじりじりと後ずさっていると、人垣の向こうでパラガスの声がした。
「失礼ですが、マッシュに何か用事があったのではありませんか? 初対面でユーザーネームだけ知っているということは、少なくともカードのことですよね」
パラガスに問い詰められて、糞ビッチはぎこちなく頷いた。
「ま、まあ……そやけど?」
助かった。
普段のパラガスはすっとろいが、こういう時だけは宇宙からの電波を受信するのか、宗教の逸話みたいな訳の分からない度胸を発揮するのだ。
「蛍、いいの? コイツ、この間アンタのスカート覗いてたヤツだよ」
糞ビッチの反対側で、前髪にメッシュを入れた目つきの悪い女が顎をしゃくった。
まるで俺が地面にはいつくばって覗こうとしたかのような口振りだ。
こんなバンドマンのなり損ないみたいなヤツに、変態呼ばわりされてたまるか。
「見てねーよ、全っ然、見てねーから!」
俺のまっとうな申し開きに、糞ビッチは言いがかりをつけてきた。
「ハァ? 何ゆうてるん、チラッチラ、チラッチラこっち見てた癖に」
なんて自意識過剰な女だ。
不潔でケバいヤリマンの癖に、じろじろ見られるだけの価値があるとでも思っているのか。
しかるべき統計調査を行えば、痴漢の冤罪事件の87,5%はこういうパラノイア患者が引き起こしているということが判明するに違いない。
「あ、あれはお前が……自分で晒してたんだろ!」
そう、俺は覗いてなどいない。偶然見てしまっただけなのだ。
不潔なものを見せつけたことを、むしろこの恥知らずに謝ってほしいくらいだ。
それなのに、今度はヘッドホンをかけたチビが悲鳴を上げた。
「えーっ! ガチで見てたってこと? 変態じゃん! ルミ、コイツ変態だよ!」
「そんなの最初から分かってるって」
こいつらは何が何でもオタク=変態の定理を適用したいらしい。
そんなものはテレビが始めた外人ネタのようなものに過ぎないというのに、馬鹿はあっさりメディアに洗脳され、鬼の首を取ったように変態変態と喚き散らす。
おまけに馬鹿の信じたことが真実にされてしまうあたり、世も末といったところか。
「まあ、丁度ええわ」
俺に関する揣摩臆測を交換する二人を黙らせ、糞ビッチは俺の胸ぐらをつかんだ。
「おい、変態。どっちか選べや。ここで土下座して『ごめんなさい、僕はド変態です。蛍さんのパンツをガン見していやらしいことを色々考えたり、家に帰ってオカズにしてしまいました。お詫びに何でもするから許して下さい!』ってゆうか、それとも黙ってウチのゆうことを聞くんか」
一体どこに選択の余地があるのか。
ここで土下座して『ごめんなさい、僕はド変態です。蛍さんのパンツをガン見していやらしいことを色々考えたり、家に帰ってオカズにしてしまいました。お詫びに何でもするから許して下さい!』と宣誓するのは完全にオプションだ。
相手はDQNだ。一体何を命令されるか分かったものではない。
少なくとも、全員にアンプレションの特製フロマージュをご馳走するような生易しいことでは済まされないだろう。
俺は覚悟を決め、最後の手段を決行した。
「ごめんなさい、僕はド変態です。蛍さんのパンツをガン見していやらしいことを色々考えたり、家に帰ってオカズにしてしまいました。もう二度としないのでどうか見逃してください!」