ふたり回し

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つべこべ言わんと作れや! その4

凸凹コンビの共闘が始まる。


「却下!」

 糞ビッチは制服のネクタイをひっつかみ、力任せに俺を絞り上げた。

「そら往生際悪いで、キノコ頭ァ……観念せんかい!」

 糞ビッチはエジプトの壁画のような目を剥いて俺を睨み付け、ラメでギラギラ輝く唇の間からヤニに染まった前歯が見えた。

 本当に最悪の一日だ。なぜ今日は俺ばかりこんな目に遭うのか。

 ハイセンスで頭脳明晰で日ごろの行いも非の打ち所がない俺を辱める権利が、お前達のような野蛮人にあってたまるか。

 痛烈な批判はネクタイに絞められた首で止まってしまい、前後にがくがくと揺さぶられながら、俺は仕方なく首を縦に振った。

 

「その辺で勘弁してやってくれないかな? 彼はこれでもウチのお得意様でね。君たちはどう? ウチのお客様に勘定していい?」

 助かった。

 普段は放任主義のマスターも、さすがにコイツらを見過ごすことはできなかったようだ。

「オッサン、煩うして悪かったな。コイツがえらい強情なもんやさけ。他の人の迷惑にならんように、ちゃちゃっとかたしますわ」

 糞ビッチは俺を解放し、対戦コーナーのテーブルに黒革のバッグを置いた。

 中から聞こえてくるのは化粧道具のぶつかり合う音ばかりで、教科書が入っている気配など全くない。

 頭の中身が如実に反映されているという訳だ。

「したら本題といこか……用ゆうんは他でもない、お前の後生大事に持っとる、それや」

 よろめきながら立ち上がった俺に、糞ビッチは指を突きつけた。

 ターコイズブルーのネイルが伸びた先には、ベルトにかけたデッキケースがある。

「ウチのために作って貰お思てな。日本で一番強いデッキを」

 予想外の一言に、思わず声が裏返ってしまった。

「デッキ? デッキって何の?」

 これはcarnaのデッキだが、コイツはどのカードゲームの話をしているのか。

 Deal with Demonsか、carnaか、五行大戦か。

 よもやギャルゲ版権もののマジカルアリーナではあるまい。

 いや待て、そもそも連中は俺を探していたのではなかったか。

 俺の名前を聞いたとすれば、恐らくはcarnaがらみだ。

「なんや文句あるんかい、ワレ」

 俺が独り言をつぶやいていると、大男がメンチを切り、地獄の底より低い声で毒づいた。

 こんな腕力だけの男に負ける程弱くはないが、俺はインテリ肌の男だ。暴力は似合わない。

 ここは一つ、強者の余裕で見逃してやるとしよう。

「い、いいえ……でも、その、見た感じカードゲーマーじゃないし、とてもじゃないけどデッキがご入り用とは……」

 そうだ。こんな連中に俺のデッキの価値が分かってたまるか。

 俺がこのデッキにどれだけ熱意と努力を注いだと思っているのだ。

 それともなにか。猿どもが要らん知恵をつけたのだろうか。

 このデッキに入っているホイルだけで、5万は軽く超えてしまうということを、コイツらは分かってカツアゲしているのか。

「ああ、それか? それはな……」

 他の全員が固唾を呑んで見守る中、糞ビッチはバッグを漁り、闇の底からファッション誌を取り出した。

 カードがファッションアイテムになったのか、はたまた芸能人がプロモーションしているのか。

 いずれにせよ、とばっちりを食らう俺の身にもなってほしいものだ。

 無造作に雑誌をめくり糞ビッチが見つけた特集は、しかし、輪をかけてバカバカしい代物だった。

「これや、これ! carnaクインズカップ、入賞者には協賛ブランドのチーフデザイナーがオリジナルのカクテルドレスをプレゼント!」

 要綱をよく見てみると、参加できるのは女性のみとある。

 サマーグランプリがなくなるという話は聞いていたが、こんな血迷った企画を通すためだったとは。

 新規ユーザー開拓に奔り過ぎて、carnaの運営にもとうとう焼きが回ったらしい。

 餌で釣って男を締めだせば、今からcarnaを始めてみようかと考える女もいるかもしれないが、土台が女というものは純粋にカードゲームを楽しめるようにはできていないのだ。

 ごく一部の例外を除いて。

「カードなんてやったことないけど、調べてみたら関西大会二位のヤツが隣町の店に出入りしてるゆうやんか。女ばっかの大会やったら皆初心者やろうし、コイツに協力させたらウチでも優勝あり得る思てな」

 糞ビッチの話が終わりもしないうちに、俺は早くも腹を抱えて笑い出していた。

 自分では名案を思い付いたつもりなのだろうが、傑作にもほどがある。

 そんな風に考えられるのは、それこそカードをやったことがないからだ。

 このドヤ顔だけでも持ち帰ってブログにup出来ないだろうか。

 俺は尻ポケットのアクオスに手を伸ばしたが、大男に睨まれていることに気がついて止めた。

「無理無理、強いデッキ使ったら勝てるとか、小学生かよ。carnaは子供向けの出したら勝てるゲームじゃないから。お前にマスター出来るほど簡単じゃないから」

 それに、女王なら紗恵さんがいるではないか。

 正真正銘、carnaプレイヤーの頂に君臨する女が。

 女性限定大会などというのは、あの人がいる時点で最初から詐欺みたいなものだ。

「ハァ? そんなん、やってみんと分からんし。つべこべ言わんと作れや!」

 呆れ顔の俺に、糞ビッチはムキになって食いついて来た。

 人が親切に道理を教えてやったというのに、これだからバカは困る。

 carnaがどれだけ繊細で高度なプレイングを要求すると思っているのだ。

 俺は言い返そうとして、寸前で考え直した。

 いや待て、これはチャンスだ。

 奴らに投げさせれば、これから先付きまとわれることもあるまい。

「それもそうだな。一度プレイしてみれば分かるだろ。デッキ貸してやるから、そっちで1ゲームやろうぜ」

 俺がcarnaの難しさを、たっぷりと教えてやる。