ふたり回し

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つべこべ言わんと作れや! その5

今回初めて、カードのネタが登場。


 対戦コーナーの端で、俺は懇切丁寧なティーチングを始めた。

 ちなみに今回のサンドバッグはパラガスだ。

 あいつのことだから、最高にゆるいネタデッキを用意したに違いない。

「いいか? これが山札。引く前のカードが積んである。ゲームが始まったら、5枚引いて手に持つ。こが手札」

 糞ビッチは鼻で答えながら、平積みされた水着姿のチナポンをドローした。

 糞ビッチの手札を目にして、パラガスは白い目で俺を見ている。

 仕方ないじゃないか。公式スリーブのデッキはつまらない速攻なんだ。

「じゃあ手札を確認な。『風来坊のコメット』『浅葱色のシュシュ』『まんまる尻尾のナージャ』『肉球アニス』『罪の天秤』天秤は呪文で、それ以外が女の子な。呪文はスペル、女の子のはイコンと呼ぶ。左上にあるのがコストだ。最初に出すのはコメットかシュシュだ。コストが1だから手札の消耗が少なくて済む」

 コントロール要素を加味したペットイコン中心の中速ビートだ。

 中にはステファニーを悪用して連続攻撃させるコンボも入っている。

 初心者には是非carnaの奥深さを知るところから始めて欲しい。

 

「そんな一遍にゆっても分からんし。とりあえずどうしたらええん?」

 早くも糞ビッチが音を上げ始めた。

 作戦は順調に進行している。

「とりあえずコメットを裏向きで出してみろ。これがスタンバイ状態だ。次にコストと同じ枚数、この場合は1枚手札を捨てて、カーナ、つまり表向きにする。捨てた手札はここに置け。死んだイコンと使ったスペルも一緒だ」

 糞ビッチは渋々従ったが、奴が捨てた天秤は木のスペルだ。

 俺は天秤を取り上げ、高らかに笑いながら糞ビッチの手札に戻した。

「残念! 紫のカードでは水色のカードは出せませ~ん! 水色のカードは水色かピンクのカードで出してね」

 いくつも激しい舌打ちが聞こえたが、ここで退いては男が廃る。

 ナージャを選ぼうとした糞ビッチに、俺はさらにアドバイスして差し上げた。

「待て待て、イコンをカーナした後に、新しく他のカードはスタンバイ出来ないんだよ。ここはあらかじめ天秤もスタンバイしておいてだ。相手のターンにコメットに3アニメイトさせ、同時にシュシュを捨てて天秤をキャスト、場が空になったところで次のターンコメットに相手の手札を攻撃させ、効果でサーチしつつアニスを横に出すのが鉄板だ」

 糞ビッチは天秤をスタンバイし、ナージャをテーブルに叩きつけた。

 アドバイスが効いている。実によく効いている。

「マッシュ、面倒なら替わるよ? ほら、ルールとかなら僕にでも教えられるし……」

 パラガスめ。あいつは親切のつもりかもしれないが、俺にはいい迷惑だ。

 雲行きを怪しんだDQNたちが、さっそく低い声で相談を始めている。

「おい、ノッポに教わった方がいーんじゃねーのか」

「私もそれ思ったー。このキノコ、なんか怪しー」

 優しく教えて本当にコイツがcarnaを始めてしまったら、この店にはDQNが入り浸ることになる。

 ここはお世話になったマスターのためにも、早々に挫折して頂くのが男の道ではないのか。

 俺は上目づかいで容赦なく睨み付け、パラガスを黙らせた。

 

「さあ、コメットを裏返して、ターンエンドだ。出したターンには攻撃できないからな」

 ターンエンド。

 糞ビッチがドスの利いた声で宣言し、パラガスにターンが渡った。


一回裏ターン・オープン

糞ビッチ

手札:浅葱色のシュシュ、肉球アニス

場:風来坊のコメット、罪の天秤(裏)


場:なし

手札:5枚

パラガス


「後攻の人は、最初のターンにもカードを引けるんですよ。僕は『悪魔祓い』を捨てて、『おしゃべりジェリー』をカーナしますね」

 悪魔祓いは呪文対策カードだ。

 パラガスは完全にお膳立てに徹するつもりらしい。

「相手がイコンを出し終わったら、自分の呪文を使う番が回ってきます。コメットと手札でコストを払って、蛍さんの罪の天秤を使ってみてください」

 不味い。いつの間にかパラガスがチュートリアルを始めている。

 糞ビッチはシュシュを捨てコメットに手を伸ばしたが、そこから先を思い出せないようだ。

「イコンでコスト出すって、何? ってゆうか、天秤って4やん、2枚やったら足らんやんか」

 首をかしげる糞ビッチに、俺はステータスの見方を教えてやった。

 これでパラガスから主導権を取り返せる。

「イコンは1匹で2コストとか3コストとか出せるんだよ。ホレ、右下に書いてあるだろ。パワー値はバトルが発生したときにどちらが勝つかを決める値で、負けた方のイコンは墓地に行く。同じ場合はどちらもだ。アニム値はカードが出せるコストの量で、コメットはパワーが2でアニムが3、シュシュを捨てたのと合わせると4になるから、天秤をキャストできるわけだ。分かったか?」

 俺の丁寧な説明に、糞ビッチは目を白黒させた。

「パワー? アニム? このカードは2なん? それとも3なん?」

 carnaには土地が無いので、主にイコンがエネルギーを供給する。

 効果や大きさだけでなく、アニムも重要なステータスなのだ。

「3だよ、3.エネルギーは3、コメットをディアクティベート、ディアクティベートって言うのはタップ……あー、横向きにして、天秤を裏返せ」

 さすがにタップは通じないか。

 せめてDWDくらいかじっていてくれれば、もう少し説明しやすいのだが。

 

「横向き? こう?」

 糞ビッチがぎこちない手つきでコメットを横向きにした。

 

「合ってますよ。次に、天秤で倒したいイコンを指名してください」

 ジェリーの名前を覚えているわけもなく、糞ビッチは投げやりにパラガスのジェリーをゆび指した。

 

「えっと、その、正面の奴」

 糞ビッチのいい加減なプレイにも笑顔を崩さず、パラガスはゲームを進めた。

「ジェリーを墓地に送ります。天秤はスペルだから、効果が終わったら墓地に移動させてください……そうそう、攻撃できるイコンがいないから、僕のターンは終わりですね。次は蛍さんのターン、コメットを起こすところから」

 糞ビッチはイスの上で胡坐をかき、猫背になってボードを覗き込んだ。

 手札はアニスのみ、フィールドに出ているのはコメットだけだ。

「次は……またドローやっけ?」

 糞ビッチがドローしたカードは、カウンター呪文の合わせ鏡だ。

 先攻で手札をガンガン使っているので、カウンターのついた除去呪文は有難い。


二回表スタンバイ・フェイズ

糞ビッチ

手札:肉球アニス、合わせ鏡

場:風来坊のコメット


場:なし

手札:4枚

パラガス


「アニスを裏向きに出して、コメットでコストを……」

 やっぱりコイツはポンコツだ。さっき俺が話したことをまるで覚えていない。

「違う違う、アニスのテキストを見てみろ、フォロア0って書いてあるだろ? コメットがパラガスの手札を割ったら、タダで出せるんだって」

 糞ビッチはコメットを戻したが、かわりに合わせ鏡を裏向きで出そうとした。

「ああ、そや、忘れてた。ついでやし、呪文も今のうちに置いとこ」

 違う! 俺は糞ビッチの手首をひっつかみ、スタンバイを阻止した。

「それは最後の保険だから。手札に抱えとくもんなの」

 糞ビッチは眉間にしわを寄せ、歯をむき出して唸った。

 育ちの悪さが知れるどころか、これではまるで猿だ。

「何がアカンの? 結局出すのは一緒やん」

 そういえば、プレイヤーへの攻撃についてはまだ話していなかった。

 これから攻撃するわけだし、今説明しておくべきか。

「carnaでは手札が体力代わりなんだ。攻撃されると手札が減って、手札がない時に殴られると負ける。すぐに使わないなら、手札はなるべく持ってた方がいいぞ。合わせ鏡はカウンターがついてるから、攻撃されたときに効果を使えるしな」

 攻めていたはずが予想外の反撃を食らってあっさり逆転負けというのも、carnaではよく見かける光景だ。

 合わせ鏡の通常コストを払えるイコンがいない以上、ここでスタンバイする理由も全くない。

 

「ハァ? 騙されたし、何やお前さっきウチにいきなり4枚もカード使わせたやんけ! 残り2枚やで、2枚! どーしてくれるん?」

 糞ビッチはいきりたち、再び俺に掴みかかった。

 一応正しいプレイングを教えているつもりなのに、騙されたとは心外だ。

 俺はネクタイから糞ビッチの手を引きはがし、きつくしまったネクタイを緩めた。

「死なない程度に残ってりゃいいんだよ。コメットが殴れば効果で1枚カードを持ってこれるし、アニスを出したらアニスで防御できるだろ」

 俺の事を睨み付けてから、糞ビッチはテーブルに戻った。

「……とりあえず、コメットゆうので攻撃すればええんやろ。コメットでノッポを攻撃」

 糞ビッチはコメットをディアクティベートしていない上に、手札の指定もしていない。

 俺が指摘してやろうとすると、パラガスが頷き、糞ビッチに攻撃の仕方を教えてしまった。

「よし、じゃあコメットを横向きにして、僕の手札を1枚選んでね」

 せめてもの腹いせに、俺は後ろから茶々を入れてやった。

「よく考えて選べよ。間違えてカウンターの付いたカードを当てたら、コメットがいきなり殺されるかもしれないしな」

 土と金のカードがメインということは、木のカードはなさそうなものなのだが。

 パラガスは俺に一瞥をくれ、それから笑顔で糞ビッチに手札を差し出した。

「一番右以外はカウンターついてないから、安心してね」

 コイツは本当に分かっていない。

 俺たちが立たされている岐路がどんなものか、全然わかってない。

 俺の貧乏ゆすりにも気付かず、糞ビッチはパラガスの手札とにらめっこしている。

 ひょっとすると、さっき脅かしたのを真に受けているのかもしれない。

 俺が密かにほくそ笑んだそのとき、糞ビッチの手が動いた。

「それ、一番右のカードが当たりや!」