ふたり回し

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回路

作戦会議ばかり続いても仕方ないので、飛ばし気味に。


 殆ど封鎖された病棟、交代性の見張り、弱り切った子供たち。翌日カルラと情報を突き合わせると、さらに見通しは暗くなった。

「あの後運よく、深夜の見回りに便乗することができたのですが……研究棟の出入り口も、表側に集約されているようです」

 オハ飛行場の隊員につながる扉を、カルラは数年前に見つけたのだという。飛行場には警戒機を持つ小さな航空分隊が入り、隣には高射特科小隊の駐屯地が付属している。

「交代は6時間おきで、深夜0時になると次の見張りが駐屯地からやってきます。物資も同じ駐屯地から運ばれてくるのでしょう」

 交代の直前が、一番の狙い目になる。それは分かっても、施設の作りは余りに堅牢だ。

「病棟には研究棟からしか入れないし、結局、正面から行くしかないってことですよね……」

 アレクは前髪をかき上げ、額に掌を当てた。バルコニーの谷底には相変わらず闇が渦巻き、鈍い唸り声を上げている。

「衝突は極力避けるべきです。駐屯地への連絡を許せば、ものの数分で増援が駆けつけることでしょう」

 つまりは手詰まりということだ。丸まったアレクの背中に、小さな張り手が焼きついた。

「策を講じるにしても、より詳細な情報が必要です。もう一頑張りですよ!」

 この日も偵察は目一杯続けられたが、分かったことといえば、入浴や消灯の時間くらいのものだった。もともと慎重論を唱えていただけあって、アレクの報告を聞いたニコライは見送りを考え始めている。いくら施設を調べても非常口一つ見つからず、調査は暗礁に乗り上げてしまった。

「あの後考えてみたんだけれど、施設にも火を点けたらどうかしら。車両で移動しているところを狙うの」

 数日後、中間報告会を兼ねたミーティングが開かれた。たとえ施設に穴がなくとも、実働部隊の知恵を借りれば、どこかに抜け道が見つかるのではないか。そんなに上手い作戦は、しかし、少しも出土しそうにない。

「駐屯地から迎えに来させるか? 逆に敵が増えるじゃねえか」

 眉間に皺をよせ、ニコライ低い声で反対した。始めから、万事がこの調子だ。誰かが何か思いつくと、すぐに問題が浮かび上がる。

「案外、連中子供たちを置いて、自分達だけ逃げちゃったりして……それが一番楽でいいんだけどなぁ」

 椅子の足を浮かせながら、モーゼスがため息をついた。一見は楽観論だが、本人が嘆いているのだから、ないものねだりと呼ぶべきだろう。

 話せば話すほど、遠ざかってゆく正解。うろんな堂々巡りを終わらせたのは、単身サハリンに渡った、イワンからの連絡だった。

「親方! もう届いたぜ。おっさんからの手紙だ」

 短い報告書は、港からの荷物に忍び込ませてあった。オハから北西に伸びた二車線の未舗装路。道の左右には照葉樹が生い茂り、件の施設も路上からは確認できない場所に潜んでいたという。道路脇で軍用車待ち伏せ追跡したところ、軍用車は暗い側道に侵入した。側道に入って数分、背の高いフェンスと検問所が現れ、追跡を断念。森の中にバイクを隠し、イワンは徒歩でフェンスの周りを探索した。幸い用地は山の麓にあり、斜面の上から、白い建造物が確認できたのだという。

「建造物の外壁は白く、3、4回ほどの高さ。環状の構造を持ち、内部に別館を持つ……特徴は一致してるな」

 イワンの見つけたこの建造物こそ、オハ国立擁護センターであると見て間違いない。今まで眺めるだけだった施設が、今や仲間の射程圏内にあるのだ。アレクは両手を握りしめ、手紙の続きに耳を傾けた。

 フェンスは敷地を一周しており、施設に最も近いのは斜面のある北東側。フェンスの上には赤外線センサーが取りつけられているが、フェンスの金網はチェーンカッターで切断できる程度のものだった。隣接する焼却場のほかに周囲の建造物はなく、その焼却場も既に閉鎖されている。

「ああ。正面からしか入れないの、イワンはまだ知らないのか……」

 研究棟の外側には、非常口はおろか、窓もロクに付いていない。フェンスはともかく、こっそり壁に穴を開ける訳にもいかないだろう。手紙に染みついた仲間達の影を、ニコライは手を振って追い払った。

「だがな、耳寄りなことも書いてあるぜ」

 イワンによると、オハの内陸部には石油の採掘場があるらしい。当初の陽動作戦に、大きなおまけがついて来た格好だ。

「そういえば、オハは油田の町だったわね。市内にも、精製所や繊維工場がないかしら」

 石油関連施設に火がつけば、それこそ収拾のつかない大惨事になる。駐屯地のヘリや兵員も、総出で消火と避難誘導にあたらなければならない。

「これで奴らは身動きが取れなくなりますね」

 明るくなった見通しに、湧きたつ隊員たち。黄色い灯りの下、テーブルの周りに眩しい熱が広がってゆく。アレクの知らない油田を、イワンは見つけてきた。まだアレクが知らないものが、あそこにはいくらでもあるのだ。

「俺も、何とかなるような気がしてきた」

 もう一回、抜け道を探してみるよ。アレクの瞳が放つ光に、仲間達は小さく頷いた。

 まだ見つかっていないどこかに、突破口は必ずある。職員が移動する僅かな機会を拾い集め、アレクは目印を探し続けた。外壁のすぐ内側を一周する白い廊下は厚く塗りこめられており、等間隔で並んだ窓には人が通れるほどの幅はない。一晩粘って得られた収穫といえば、窓から見える景色くらいのものだった。施設を取り巻く山林、北西に広がる尾根、森から突き出している煙突は、イワンの報告にあった焼却場だろうか。特に室長のリヒャルトはよく外を眺めて、実験の方式を模索していた。

 ユレシュの実験は唯一の成功例であり、また重要な指針でもあり続けてきた。しかしながら、それがここにきて障壁となってはいまいか。当時には利用できなかった機器が、実験を前進させてくれるかもしれない。朧げな夕映えに、火葬場の煙突が影を刻んでいる。今はもう煙が昇ることもないが、この眺めから消えることもない。

 火葬場。イワンの見立ては、どうやら違っていたらしい。勘ぐるまでもなく、リヒャルトは実態を思い出した。

 当時、ここはまだ病院だった。自分が転勤してきたとき、スェボフ氏病の流行は既に終息し、残った患者が最大の問題になっていた。焼けるだけの患者が送られ、日が沈んでも煙突の煙が止まることはない。

 今の施設も、屠殺場になりつつある。研究が進まなければ、尚のこと。早く終わらせなければ。早く見つけなければ。記録の中にしか現れない、騙し絵の城を。

 カルラに伝えるのも忘れ、アレクは自分の扉に引き返した。西側の階段裏には、納戸らしき扉があった。もしあの奥に、階段が続いているとしたら。ニコライに頼んで連絡してもらったところ、三日で返事が帰って来た。

 火葬場の周囲に車道はなく、外部からの搬入は困難。勝手口をこじ開けて侵入したところ、地階で東に伸びる地下道を発見。地下道の反対側には放棄された倉庫があり、階段が上階に繋がっている。