ふたり回し

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鑑定

バザールの全体像をイメージするのが結構難しい……

 


「カルラ、流石にこの絵は高すぎるよ」
 アレクの手持ちどころか、部屋に隠した札束をかき集めても太刀打ちできない。50万米ドルといえば、アジートで持ち家が買える額だ。
「ごめんなさい、昔、見たことがあったような気がしたものですから……」
 カルラはすんなり引き下がったが、退避は間に合わなかった。
「いらっしゃい。お若いのにアートに興味をお持ちとは感心ですな」
 店主が悠長な足取りで現れ、白鬚を撫でつけながらカルラに話しかけている。
「ないない、ないですよ関心。関心がない嘆かわしい若者です」
 年寄りの長話と油断して付き合えば、カルラへのプレゼントが不気味なラクガキにされてしまう。アレクが狼狽えるのを見て、店主はにこやかに請け負った。
「売りつけたりしないから安心なさい」
 まずは見て貰うことが彼らの本懐なのだそうだ。店の絵は画材も様式も支離滅裂で、何が描かれているのかも一目では分からない。一体何で良し悪しが決まり、値段が付けられているものなのか。アレクが問い詰めると、店主は最初に見つけた絵を指した。
「例えばこのグラフィティの値段ですが、作品としての評価ではなく、骨董品としての価値によるものです」
 アダンは非常に短命な芸術家として知られている。彼のインスピレーションはアンフェタミンから生じ、彼が30を超える前に神経を破壊しつくしてしまったのだそうだ。ボンネットの裏に描かれた悪魔は中毒症状のメタファーか、それとも実際彼が見た幻覚か。
「とまあ、そういう風に曰くがある物が好まれるということです」
 シャツの上から腕をさすり、アレクは熱っぽい溜息を吐き出した。
「案外、本物が来たのかもしれないですね。インスピレーションの対価を取り立てに」
 カルラはまだ、悪魔とのにらめっこを続けている。禍々しい絵だが、黒い絵の具は一か所にしか使われていない。銀色の顔に穿たれた、円く底の知れない目だ。アレクは悪魔から目を逸らし、口先の礼だけを置いてカルラを連れ出した。

「前に見た時っていうのは、展覧会とかだったのかな」
 ぼやけた前置きは、猿たちの残虐なアンサンブルにかき消されてしまった。これだけ近くで騒がれても、カルラの横顔は静まりかえったままだ。何か風向きを変えられる品はないかと、アレクは市場に目を走らせた。時計、車、ファンデーション、LSDにコンピュータ。ハンガーにありとあらゆる密輸品が溢れかえり、元の広さを思い出すことも難しい。アジートの住人は少なからぬ仲買人が混じっており、アレクは脛に何度も巨大な鞄をぶつけられた。
「大丈夫ですか?」
 なんのこれしき。振り返った先に、品のよい雑貨屋があった。縞模様の色ガラスを扱う店で、花瓶や水差しの他に、ランプシェードも並んでいる。カルラが近づいてそっと手をかざすと、オレンジと緑のストライプが溌剌と映りこんだ。
「こちら、アロマポットにもなっていまして、こうして上のくぼみにオイルを注ぐとお部屋全体に香りが広がるんです」
 店を仕切っているのはベージュのスーツを着こなすプラチナブロンドの美人だ。舎弟が女将と呼ばなければ、マネージャーと言っても通るだろう。カルラは暫く目をつむり、思慮深いサンダルウッドの香りを吟じていたが、やがて奥の棚に何かを見つけた。