ふたり回し

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漏出ー3

明けましておめでとうございます。

 

 アレクが連れて行かれたのは、アジートの管制室だった。テーブルには大きな地図が広がり、オペレーターの輪郭が冷ややかな燐光に滲んでいる。敵の増援はなし、敵味方共に正面入口で銃撃戦を継続中。現状を聞き届けると、ニコライはアレクに向き直った。
「アレク、お前今すぐダリアの様子見てこれるか?」
 聞き覚えのある名前だが、誰の名前かまでは分からない。
「ダリア?」
 アレクが訊ねると、ヤニ臭い舌打ちが返って来た。
「国安だよ、お前が女隊長とか言ってた奴だ。イポリートを殺した女だ」
 名前はともかく、声と姿は黒々と焼き付いている。
「あいつが来てるのか!」
 それなら話は早い。探索を始めたその日から、アレクは扉の場所を知っている。椅子に座り、目を閉じてゆっくりと呼吸を深める。緊急事態だ。一刻も早く眠りにつかなければならない。念じれば念じる程に鼓動は収まらず、脇の下を冷たい汗が伝った。
「こんな時に寝られる訳ねえだろ。手を出せ、手を」
 言われた通りに手を伸ばすと、ニコライは袖をまくり、腕に注射器を突き立てた。針の陰険な感触と、麻酔薬の重たい痛みが遠のき、手足が世界から消えてゆく。板を繋いだだけの木戸を見つけて初めて、アレクは自分が眠っていることに気づいた。

 目指す場所は一つ。白い宮殿のエントランスホール、入って正面のバルコニーだ。アレクは螺旋階段を駆け上がり、久し振りに宮殿と向き合った。白亜の壁も黄金の窓も初めて見た時から変わらないが、中の扉が動いていないとは限らない。アレクは急いでホールの中を確認し、バルコニーの裏に三つ並びの扉を見つけた。闇の深さに脚が竦み、銃口の冷たさに指先が震える。
「行くぞ!」
 アレクは両手で頬を叩き、大理石の階段を登り始めた。今もアジートの外では、イワンやエカチェリーナが実弾にさらされているのだ。アレクだけがここでまんじりとしているわけにはいかない。ワークブーツの底も絨毯相手に大きな音は出せず、荒い息と金具の音が吹き抜けにこだました。
 ところが階段を登り切ったところで、俄かに窓から光が引き揚げてしまった。単に雲がかかっただけではない。大雨の夕暮れ時に近い暗さだ。空は一体どうなっているのか。外の回廊に差し掛かると、空を覆う影の中にリングが鋭く刻みつけられているのが見えた。 日食だ。光が目に刺さり、アレクは顔を背けた。青ざめた壁の上に、リングの影が燻っている。今まで城で夕焼けを見たことはあるが、夜になったり、雨が降ったことはない。意味の匂いに引き留められつつ、アレクは宮殿の中に入った。手摺の影さえ見えれば、下の階まで上っていくことは出来る。心配するまでもなく次第にホールは明るさを取り戻し、つる草模様の壁紙と、三つの白い扉がはっきりと見て取れた。奥に隠した行き先を語らず、扉はじっとアレクを見つめ返している。行け。重い足を無理矢理突き出し、アレクは左の扉に手をかけた。