ふたり回し

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漏出ー7

  扉の前に戻された途端、アレクは腰が砕けてしまった。体に全く力が入らない。気を抜くと肉が骨からずり落ちていきそうだ。こんな所で休んでいるわけにはいかない。たとえ自分がどうなろうと、一刻も早く部隊をまとめて地上の部隊に合流しなくては。アレクは一旦うつ伏せに転がり、背中を丸めて足をついた。ゆっくりと立ち上がって壁に手をついたが、完全に膝が笑っている。アレクは時間をかけて息を整えると、絨毯の赤い毛足に逆らい、手摺を頼りに階段を上り始めた。
 疲れや息苦しさではなく、寒さが何にも増して堪える。延々階段の上り下りを続けているというのに、肩の震えがまるで止まらない。日差しと風ばかりが熱く、アレクはあまりの痒さにツナギの上から二の腕を掻き毟った。
 一方的に叩き潰すはずが、踏んだり蹴ったりだ。いよいよ足下が覚束なくなり、アレクは螺旋階段の中ほどに座り込んだ。ドームの鉄枠が、向かいの壁に重い影を伸ばしている。
 それにしても、今のは一体何だったのだろうか。まるで自分の奥に閉じ込められ、他人が殺戮しているのを眺めているかのようだった。カルラやコルレルの話にも、こんな現象は出てきたことがない。
 他人を操縦するような芸当ができるとなると、これはもう意識を覗くどころの話ではなくなってくる。もしユレシュがもともと目指していたのが、人々を操ることだったのだとしたら。アレクはむしろ、地獄の蓋を開けてしまったのではないか。汗で背中にツナギがべったりと貼りつき、暗い気配が伝い降りてゆく。
「さあ、立つぞ!」
 こんなところで考え込んでいる暇はない。膝を拳で叩き、アレクは力を振り絞った。立ち上がった途端、足場が遠のき、階段の先が視界に流れこんでくる。少しでも気を抜くと、一番下まで転がり落ちてしまいそうだ。一刻を争うというのに足取りは覚束ず、アレクは階段が逃げているような錯覚に襲われた。
「急げ、早く知らせなきゃ」
 だが、誰に。キリールの親父か。それともニコライの所か。それも自分の扉に戻りさえすれば、思い出せるような気がする。扉に、戻りさえすれば。断片化した命題に苛まれながら、アレクは表に出る階段を見つけ、捻じれた廊下を辿った。