ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その11

いよいよ事件が発生。

次回はリシュンの出番もあるかも。

10より続く


 気がつくと、シャビィは光の中に横たわっていた。広さも分からないこの部屋は、玄室さながらの黴臭さに満たされている。シャビィはしばらくの間細めた眼をしばたかせるばかりで、四肢を床の上に力なく投げ出していたが、今更になって後頭部の痛みに気付いたのか、突然頭を抱え身体を丸めた。そして――皮肉にも、この痛みのおかげで――はっきりと意識を取り戻した。

 ゆっくりと上体を起こすと、シャビィは床を手で探りながら光の中をいざって進み、分厚い埃を刺し貫くうっすらとした影を見つけた。壁についた小さな窓から見える空には、幾つか黒い星が出ている。気絶している間に、朝を迎えてしまったらしい。立ち上がって窓に駆け寄ると、シャビィは外の様子を窺った。裏庭だ。先日植えられたばかりの背の低い南天が見える。庫裡が向かいに見えるということは、ここは蔵の中だろうか。シャビィは勘を頼りに戸口まで走ったが、いかめしい観音扉は、閂がかけられているのか、押しても引いてもびくともしない。誰かに閉じ込められてしまったようだ。シャビィは血相を変えて扉を叩き、声を張り上げたが、裏庭はもともとあまり人の立ち寄らない場所である。式典が行われているとすれば、尚更だ。後片付けが始まるまでは、あまり期待できそうにない。シャビィが扉を背に座りこもうとしたそのとき、しかし、分厚い扉越しにわずかな振動が伝わってきた。

「おい、起きてるか、シャビィ。」

 聞きなれたヘムの声も、この期に及んでは何も期待させてくれない。扉の向こうで、恐らくはほくそ笑んでいるヘムに届くよう、シャビィはありったけの声で問いただした。

「先輩、あの部屋でクー先輩は一体何をしていたんですか?それも、誰にも知られないようにして!」

 外から帰ってきたのは、ねじ曲がった哄笑だった。

シャビィ、お前のおめでたいのには心底うんざりさせられるが……へっ、その物分かりの良さは唯一の救いだな!」

「ヘム先輩!」

 シャビィの叫びは、途中で裏返ってしまった。分厚い唇が、わなわなと震える。

「簡単に言えばな、内職だよ。ちょっとした小遣い稼ぎさ。寺院の経営が厳しいのは、お前だって知ってるだろ。詳しい話は後から老師がして下さるそうだ。ちなみに、俺がここに来たのもそれを託けるよう頼まれたからさ。」

 長年シャビィを守り、育て、導いてきた寺院による裏切りは、浅黒い筋肉の塊を突き崩すには十分すぎる力を持っていた。

「そ、そんな……嘘だ……老――」

「嘘じゃないさ。さすがに俺も五戒は破れんからな。まあ、なんだ、老師に心を砕いて懇切丁寧に説明していただけるんだ。お前の気も変わるだろうよ。これを機に、世間というものを理解したまえ、お坊ちゃん。」

 世俗に肩まで浸かりきった先輩のありがたい忠告は、もはやシャビィの耳には届いていなかった。若輩の修行僧は分厚い扉に寄りかかったまま、ぐったりとうなだれて動かず、いつの間にかヘムがいなくなったことにさえ気づいていない様子だった。


12に続く



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