ふたり回し

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天敵

今回から暫くイワン無双が続くかも?


「3時の方向、お待ちかねのヘリだ」

 機種不明のヘリが5機。無線を通して、張り詰めた熱が伝わってくる。

「ジャミング開始、消防隊に紛れ込め!」

 幸い消防隊は、採掘場内に前進していた。機銃轟く火の海に、自ら飛び込もうというのである。夜空にたなびく、消火剤の白い帯。エンジンが吸い込まないよう、イワンは全速力でかいくぐった。赤外線ジャマーのお陰で、ミサイルの狙いは定まらない。このまま対地攻撃を行えば、半分以上は消防隊に当たってしまう。

「中央の機体からだ。バトゥ、お前が撃て」

 了解。応答とほぼ同時に、消防車の陰から光が飛び立った。誘導弾の筆致には、微塵のためらいも狂いもない。夜空の上に突きささり、一筆書きに赤い炎を引いた。一度見えなくなった後に櫓の根元で再び砕け、轟きとともに膨れ上がる、炎。消防車から集中砲火を受けても、一向に収まる気配がない。

「ハズレか。お前ら、もうミサイルは使うなよ」

 編隊を組みなおし、残ったヘリは消火剤の散布を始めた。ミサイルが一本無駄になったが、ここは素直に命拾いを喜ぶべきだろう。どれだけ上手くやったとしても、攻撃ヘリが相手ではこちらも無傷で帰れまい。大惨事を前に喧騒が広がる中、突入組から無線が入った。

「こ……エカチェリ……病棟の……したわ……順調よ……されずに……」

 相変わらず電波は悪いが、順調の一語が聞こえれば十分だ。ニコライは陽動部隊に、迷わず撤収を命じた。

「よし、ここはもう用済みだ。切り上げるぞ!」

 集油管も炎に包まれつつあり、消火は後手に回っている。ケツまくるにも、早いにこしたことはねえ。撤収を命じられ、森の方へと頭を向ける猟犬たち。それでもイワンには、もう一つだけ片付けておかなければならないものがあった。

 炎を纏った採掘場の奥、オレンジ色の巨大なブイが、夜の中に浮かんでいる。採掘した原油をまとめておくための、貯蔵タンクだ。サルーキごとタンクに向き直り、イワンは背中の対物ライフルを風防の凹みにかけた。凡そにして1200m。強装弾なら、届かない距離ではない。目盛りは上から3本目、コッキングレバーを引き、トリガーに指をかける。煙を引っ張る横風が僅かに途切れる一瞬を、イワンは待ち構えた。5秒、10秒、15秒。遠ざかるボルゾイのエンジン音。構わずスコープを覗き続けていると、やがてふと黒煙が身をくねらせた。

 今だ。指にトリガーが食い込み、機械のかかる衝撃が根元から跳ね返って来た。マズルブレーキから放たれた光と、エアダンパーを突き抜ける衝撃。耳を塞ぐ銃声と入れ替わりに、燃え上がる親タンクと、左肩の痺れが浮かび上がってくる。

「タンクの破壊に成功。本隊に合流する」

 これ以上ない駄目押しだ。貯蔵タンクが炎上した今、消防隊に山火事を防ぐ余力はない。駐屯地の地上部隊は避難誘導に、近接支援隊は山火事の相手に追われることになる。焼け石に水を注ぐ消防隊を横目に、イワンは仲間の下へ向かった。増槽にも、まだ少し燃料が残っている。山を越え、撤収するには十分だろう。薄闇を裂き、木々を掠めるガスタービンの咆哮。山火事を迂回し、斜面を登り始めると、消防車のサイレンが消え入り、作戦の終わりが見えてきた。後はこのまま、峠を越えるだけだ。

「こちらニコライ、あと数分で作戦領域を離脱する。エカチェリーナ、そっちはどうなった?」

 ニコライからの通信に、エカチェリーナは朗報を返した。

「……らエカチェリーナ、……ごける子供は……したわ、後10……完了よ」

 山腹に入ったせいか、雑音が心なしか薄らいでいる。隊員たちが口々に労い合う中、しかし、唐突なアラートが回線に割って入った。

「敵襲!」

 ヘリの音が聞こえない。索敵用のアクティブレーダーだ。敵が現れるよりも早く、ニコライが指示を出した。

「散開! ジャミング!」

 夜空をよぎる光の尾。流星群と間違えるには、あまりにも煩すぎる。無線越しの音を追い、遠い爆音が畳みかけた。残響を突き破り、隊員の点呼が届く。バトゥ、モーゼス、イワン。アントンの返事がない。

「アントン! 無事か! 応答しろ、アントン!」

 何度呼びかけても、息を潜める仲間達の緊張しか聞こえない。15発あったミサイルが、反撃する前に残り11本だ。噛みしめた奥歯が窮屈な音を立てる。

「クソッ! 引き返せ、山火事に紛れ込むぞ!」

 ところがイワンは命令に逆らい、両手のグリップを思いきり押し込んだ。蹴りこんだスロットルが、ブーツの爪先を押し返してくる。

「ジャマーを切れ。囮がいた方が狙いやすいだろう」

 押し寄せる森、足をとる土。速度が鈍り、機体の縦揺ればかりが大きくなる。このままでは格好の的だ。イワンは右に舵を切り、木々の隙間を見つけながらサルーキを斜めに登らせた。

「止めろ! 袋叩きにされるぞ!」

 森の奥から、ボルゾイのエンジン音が近づいてくる。

サルーキにはミサイルを積んでいない。俺を狙わせるべきだ」

 通信と同時に、目の前をよぎる3つの影。ミサイルのコンテナが、機上で大きく揺れている。すれ違うと同時に、イワンは赤外線ジャマーを起動した。

「死ぬなよ」

 少し遅れて、ニコライからの応答。

「ああ、敵が生きている限り」

 跡形もなくなるまで、叩き潰さなければならない。今まで党が葬り去った、全てのものと同じように。右足を前に出し、イワンは小さなレバーを蹴った。増槽を振り落とし、さらに加速するサルーキ。夜の奥から、木々は次々に襲い掛かる。

 アラート。敵が無事に喰いついた。ミサイルは、間髪入れずに飛んでくる。イワンはグリップを引き、サルーキに制動を掛けた。前脚から伝わり、全身を打つ衝撃。すかさず左から順にグリップを押し込み、木々の背後を横切って海側へ低く飛びすさった。立て続けに轟音が弾け、木っ端が背中に降りかかってくる。

 距離を詰めずに撃って来た。錬度が低い証拠だ。森林地帯での対地攻撃は接近して俯角をとる。インド内戦の教訓が全く活かされていない。

「こちらイワン。全弾回避した」

 速度を落とさないよう、イワンは坂を斜めに駆け下りた。残弾を気にしてか、ミサイルは使ってこない。その代わりに近づいてくるのは、くぐもったヘリの羽音だ。機銃による攻撃に切りかえたということだろう。

「了解。そのまま麓に敵機を誘導してくれ」

 木々の間から、時折麓の炎が見える。16年前も、麓で火が燃えていた。見ていることしかできなかった。村を飲み込む炎を、飛び去っていく友軍の支援機を。連中をあの中に叩き落とす日が来るのを、イワンはあれから待ち続けてきたのだ。

 そして今、味方はミサイルを積んでいる。

「こちらモーゼス、ポイントついたっす」

 二人の報告を受け、ニコライはボルゾイのエンジンを落とさせた。後はイワンが、射角の中に誘き出すだけだ。

「敵機前方を通過。クソ、すぐ木の影に入りやがる」

 イワン、真上に足止めできるか? ニコライからの通信に、アラートが被さった。今度は対地ミサイルではない。索敵圏内に白い点が三つ。右へ左へ、照準を逃れながら、木々を躱して斜面を駆け下りた。変拍子のステップを、ブナの枝を砕きながら重たい機銃の音がなぞる。さっきから見ている筈の、森の灯が嫌に遠い。イワンは歯を食いしばり、ヘリの位置を確かめた。

「こち……ナ、てっ……了」 

 鳴りっぱなしのアラートと銃声に阻まれて、無線の声はほとんど聞こえない。今度は前だ。土煙を避け左に跳んだサルーキの鼻先に、木の幹が現れた。